■ 2014百人町教会共同文書■

主はこう言われる。「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ。どれが幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」しかし彼らは言った。「そこを歩むことをしない」と。わたしは、「あなたたちのために見張りを立て、耳を澄まして角笛の響きを待て」と言った。しかし、彼らは言った。「耳を澄まして待つことはしない」と。(エレミヤ書6章16節〜17節)


  わたしたち百人町教会は機関誌『ろば』200号を記念する時にあたり、2014年の世界に生きる日本のキリスト者として、わたしたちの立場を表明することにいたしました。私たちの教会の礼拝では、「説教」にあたる部分を「証詞」(しょうし)と呼び、その日語る者の証しの詞(ことば)としていますが、今回の表明は百人町教会としての「証詞」であり、この時代においての信仰の告白と言えるものです。
 わたしたちの誰もが平和で幸せな日々を望んでいます。日々の仕事を誠実に勤め、友人や家族など、身近な人々との生活を大切に暮らしていきたい。これが多くの人々の心情ではないでしょうか。それは国を超えて、一般市民の誰もが望む普遍的な心情に違いありません。けれど今、そのささやかな日常の幸せを感じることに困難を覚え、危機的な状況が国内外で差し迫っているのではないか、と危惧しています。
 2011年3月11日、あの東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の滅を体験し、3月11日以前の世界には決して戻れない深刻な日々を過ごしています。わたしたちは、残念ながら何かを喪失して初めて、当たり前の日常の大切さと尊さとはかなさを振り返るのです。今また、わたしたちの生活を意図的に破滅的な状況へ向かわせようとする力があります。わたしたちは、現在の安倍政権のもとで画策されている原発再稼動や、国家主義的・反民主主義的な動きを深く憂慮し、今、この危機的な状況を皆さんと共有し、キリスト者としての信仰に基づいて以下のようにわたしたちの立場を表明いたします。

1、原発の即時廃炉を求めます
 2011年3月11日の東日本大震災に伴う原発事故は、多くの人々を脱原発へと向かわせました。それにもかかわらず、政府は一部の既得権益を国家の利益であるかのように装い、原子力をベース電源と位置付け、原発の再稼働をめざし、かつ原発輸出を積極的に推進しています。これは、原発事故による放射能汚染によって避難を余儀なくされている15万人を越える人々の思いを踏みにじるものです。
 わたしたちは原子力発電の持つ被曝労働を前提とする反人間的な仕組み、環境を半永久的に汚染する恐れのある核廃棄物処理が事実上不可能であること、原発によって生み出される原爆の材料であるプルトニウムの大量保管に伴う危険性と核兵器への転用の思惑の存在、すでに巨大事故を起こし、その処理もままならない状況であることなどから、原発の再稼働および輸出に対し、全面的に反対します。さらに、原発の即時廃止の決定を行い、速やかに廃炉を決断するとともに、核廃棄物処理に向けた動きを加速するよう求めます。

2、憲法改正ではなく、平和の実質化を求めます
 第二次安倍政権の開始以来、憲法改正に向けた動きが活発となっています。自民党の憲法改正草案は実質的に旧憲法の理念への後退であり、立憲主義および国民主権を全く軽視する反動的な内容です。草案の前文は国家が国民を訓育することを謳い、国民主権、個人の尊厳をなおざりにしています。さらに平和主義の原則である第9条を改正し、国防軍の創設、およびその独走に道を開く軍事司法を独立させるなど、極めて危険な国家主義的内容であり、このような憲法を我が国の基本法にすることは到底認められません。
 ところで、憲法改正の手続きでは、第96条に基づき改正の衆参両院の発議に議員の3分の2を要することから、これを改正すべきとする、極めて姑息な案にも政権は言及しています。3分の2条項は憲法が時の政治に簡単に変更されるのを避けるための近代国家の知恵であり、これを単に改正の足かせとしか見ないのは、時代錯誤であり、権威主義国家への道を開くものと言わざるを得ません。
 わたしたちは、安倍内閣の国家主義的姿勢と立憲主義の放棄を極めて憂慮するとともに、現憲法の三原則、すなわち国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の実質化を求めます。当然、これらを後退させるための「憲法改正」の放棄を求めます。

3、集団的自衛権を容認しません 
 2007年の第一次安倍政権の時代に、すでに集団的自衛権の確立に向けた準備を行っていたが、安倍氏自身の辞任によって、実現に至らなかった経緯があり、今般の第二次政権において再度その実現に向けた準備を始め、内閣法制局長官の異例の人事を行い、安保法制懇談会も実質的に集団的自衛権容認派が大半です。こうして集団的自衛権の確立に邁進していますが、集団的自衛権の容認は事実上アメリカ合衆国の戦争への加担であり、またその戦争の戦費の負担をすることにつながります。政権は武力の行使を前提とするまやかしの「積極的平和主義」を標榜していますが、これは憲法の原則である武力に基づかない本来の平和主義を実質的に反故にするものであり、9条の改正なしに戦争への道を開くものです。
 わたしたちはこのような、なしくずし的な軍事国家化を極めて危険な動きと考え、集団的自衛権の容認に反対します。

4、特定秘密保護法の破棄を求めます
 昨年(2013年)末、強行採決によって特定秘密保護法が成立しました。この法は国家防衛上の秘密に限定するという触れ込みであるが、秘密の範囲が拡大する懸念、秘密の期間が永久化される恐れ、特定秘密への指定の適否を審査する機関がない(法案成立直前に極めてあいまいな審査機関に言及したが)など、不備が多いのです。しかし根本的な問題は、秘密保護に名を借りた個人のプライバシー権の蹂躙(とりわけ公務員のそれ)、厳罰化によるマスコミなど報道関係者に対する威嚇、国民の知る権利の剥奪など、ファシズム的な国家への道を開く点にあります。国家は国民を守るどころか、秘密拡大とそれに伴う情報不足、さらには情報操作により、国民の判断力自体を無力化し、政府の思うままの統治に道を開くことになります。こうした事態はすでに1945年8月15日以前の日本国家において実現されていましたが、その結果、多くの国民が命を落とし、また東アジアの多くの人々の命が奪われました。
  この法は、こうした悲惨な事態を呼び起こす極めて危険な法律であると言わざるを得ません。この法の破棄を強く求めます。

5、首相の靖国神社参拝に反対します
 安倍首相は就任1年後の日、A級戦犯も祀る靖国神社を参拝しました。この参拝は憲法の政教分離原則に明らかに反するものです。これによって中国・韓国だけでなく台湾、アメリカ合衆国、さらにはEUにおいてさえ非難や失望、懸念を引き起こしました。日本はサンフランシスコ平和条約によって敗戦を認めました。しかし安倍首相の参拝はアジア太平洋戦争についての国家としての責任をあいまいにし、大日本帝国の戦争責任を引き受けようとしないものです。戦死者を神や英霊として称揚することは国家への犠牲を求めるシステムであり、靖国神社を戦争の再生産の永久装置として利用することにほかならず、平和国家としての戦後日本の歩みを壊し、日本の信頼を失墜させるものです。
 わたしたちは首相の靖国参拝によって引き起こされた東アジア諸国をはじめとする各国の非難や憂慮を解消するべく、改めて戦争責任を内外に向かって明確にするよう政府に求めます。

6、沖縄の基地問題の根本的な解決を求めます
 普天間基地移設をめぐって、県外移設を約束した民主党が政権を去り、自民党による辺野古への移設へと再度動き出す中、辺野古住民を始めとする多くの人々が反対しています。沖縄の本土復帰以後も米軍基地は日本にある米軍基地の7割以上を引き受けさせられたままです。そんななかオスプレイの配備によって、沖縄の人々の日々の暮らしの危険は増すばかりです。先の大戦で、甚大な被害と多くの犠牲者を出した沖縄戦の悲劇は事実上戦後も収束していないのです。
 沖縄の苦難に連帯するとともに、基地問題の根本的解決を求めます。そのために、日米安保条約と日米地位協定の抜本的見直しを求めます。

7、格差社会の克服を求めます
 東西冷戦の終了後、世界の資本主義化が急速に進み、新自由主義経済の名のもとに政府の規制を排除し、富裕層のみが富めるシステムが成立し情報技術の発達と相まって、国家間、国内問わず貧富の差が拡大しています。世界の少数の者が、自分たちの好きなように法を操って民主主義を蝕み、世界中の貧富の差を増大させているのが現実です。これは日本でも進行しています。大企業優遇のアベノミクスによる貧困層への実質的な重税、未来を託す子どもと若者の貧困、破綻寸前の国債財政。わが国は経済大国といわれながら、貧困率、特に子どもと若い女性の貧困率は極めて高く、また雇用者側に圧倒的に有利な条件である現在の日本の非正規雇用は世界的に見ても特殊であり、社会的倫理性を喪失している、といわれています。
  若者の未来を奪う「労働者派遣法」の改正・撤廃を求めます。