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    立ててはならぬ十字架(マルコ15:6-15)
 今は受難節の期間中です。このキリスト教における特別な意味を持つ時期を過ごしかたは、それぞれが違うと思いますが、自分としては例年よりは少し納得が出来るような時を過ごしている気がします。その一つは以前、証詞を通してご紹介致しました、ニム・ウェールズの『アリランの歌』(岩波文庫)という本を読んだ事です。本を読むという行為には特別な意味はありませんが、読みたかった本を読み、それが自分の考えや営みに何らかの形で残り、その後影響力を持つ事になる場合があればと思うのですが、『アリランの歌』はそのような気持になる作品でした。それから、もう一つは松代大本営の見学(2001年3月29日)でした。見学についての詳しい事は別の時に致しまして、その一部の感想とイエスの受難のことを今日の証詞の基にしたいと思っております。
 そして、もう一つ、これも前から読みたかった本ですが、岩波文庫の『きけわだつみのこえ』(日本戦没学生記念会篇)を読み始めたことです。今日はこの本については申しあげるつもりはありませんが、参考になる部分を少しだけ引用したいと思っております。

 まず、松代大本営の見学の事ですが、百人町教会から14人が行って来ました。参加者全員が初めての見学でした。非常に楽しかった1日でした。今日は見学の時、ガイドをして下さった信州教会の深沢孝子さん(松代大本営の保存をすすめる会幹事)から伺って驚いたことを中心にしてお話を進めて行きたいと思っております。

 それは、幅4メートル、高さ2.7メートルの穴を何十キロにも至る巨大な地下洞窟は、戦争中、天皇の住いや宮内庁を、そして大本営やNHK、NTT等の国家の中枢機関をそこに入れるために掘られたということは別として、又、その穴掘りが強制連行された多くの朝鮮半島の人々によって、だったの9ヵ月で掘られたことも別として(1944年11月11日〜1945年10月)、一番驚かされたのは、松代大本営を完成させるために沖縄戦があったということでした。このことはこの秋に行われる予定の沖縄での百人町教会の集会の準備にも当たる見学でしたので非常に大きな驚きでした。本当にそうであったかは別として、戦時中大本営が本土決戦を考えていた事は紛れも無い事実でした。
 なくなった司馬遼太郎氏の『沖縄・先島への道』(朝日文庫)という本の中に、彼自身は戦争の末期に旧満州の戦車連隊に配属されていたが、ある日、動員の命令が下り、植民地の釜山まで来たもので、南方へやらされるのではないかと思っていたら、船は新潟港に着き、栃木県の佐野に配置されたということを書いていますが、そのことがあったのは沖縄戦が起きる前であったという事でした。即ち本土決戦は沖縄戦の前から準備されていたと言うことです。
 沖縄戦では、説はいろいろとありますが、沖縄住民16万人と7万人の軍人が死んだと聞いております。勿論それらの犠牲が松代大本営の建設を完成させるための期間を設けるためだけではなかったかも知れません。しかし、最終的には日本の国体を維持するためであった犠牲であったのは紛れもありません。
 捕虜にもさせない、ひとりも残らず死ななければならなかった理由は天皇のために死ぬのだという、国家による自殺を装った他殺に誰も抵抗できなかった戦争の恐ろしさ、その空しさと大本営が深く関連していたことに驚きました。
 そのことを巡って最近、「新しい歴史教科書つくる会」の歴史教科書の中にも歪曲して書かれていますが、1988年の教科書の沖縄戦記述を巡る論争がありまして、その争点の一つが「沖縄住民の集団自決」の記述を巡る問題でありました。つまり集団自決の記述がありましたが、なぜそれが起ったのかについて文部省と家永三郎氏との間に意見が大きく違っていました。そのなかで原告側の証人として大田昌秀、百人町教会にも1度いらしたことがある金城重明氏らは「集団自決というのは日本軍の圧倒的な力による強制と誘導によって起きた肉親同士の集団殺し合いであり、言葉の本来の意味において集団自決は無かった。」と言って、集団自決と住民虐殺は同質同根である事を主張しました。(『観光コースでない沖縄』、高文研、162、3頁)
 それに対して政府側の証人として、現在、日本に逃げている前ペルー大統領のフジモリ氏をかばっている曽野綾子氏らは沖縄住民の集団自決に日本軍の関与はなく住民の自主的判断の結果だった、という主張をしています。
 もう一つ、防衛庁戦争歴史記述には「小学生、婦女子までも戦闘に協力し、軍と一体となって父祖の地を守ろうとし、戦闘に協力できない者は……崇高な犠牲的精神により自ら生命を断つ者も生じた。」という資料があります。因みに今回の「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書には「沖縄では、鉄血勤皇隊の少年やひめゆり部隊の少女たちまでが勇敢に戦って、一般住民約9万4千人が生命を失い、10万人近い兵士が戦死した。」と書かれています。防衛庁の記述とほぼ同じ内容です。
 『きけわだつみのこえを』の編集者のひとりは一九四九年の序文に次のように書いています。「僕は、出版部の人々が苦心してガリ版にされた分厚い原稿を机の上に置き、2、3枚読んだ時、黒い野原一杯に整然と並べられた白い木の十字架を見た。そして、読んでゆくうちに、その白い十字架の一つ一つから、赤い血が、苦しげににじみ出るのを見た。このような十字架は、二度と立ててはならぬはずである。たとえ、一基でも。」今日の題はここから引用しました。
 崇高なる犠牲というものがあるのでしょうか。今日の聖書ではイエスの受難とその死の内容が曖昧になっています。15章の6節以下を見ますと、群衆によって犠牲者になっているのが見られます。福音書にはイエスの死について幾つかのところで書かれていますが、大体の場合その内容が曖昧になっています。そのうちイエスの死をキリスト教のためのイデオロギー化しているのはパウロです。(ローマ5:8 、Tテサ5:10、テトス2:14、Tテモ2:6)そこにはキリスト教のための犠牲の要求が隠されています。
 十字架の事件はある意味で人間同士間の犠牲を求める行為によって神までも犠牲者にさせた事件であったと思います。勿論それは、自分のために他者を抑圧する間違いから生まれる犠牲であると思います。そして今日の聖書ではその歪められた状況の中で代理の犠牲を求める英雄主義(メシアニズムもこの類の発想に属する面もあります)のようなイデオロギーが働いていたように見えます。

 確かにイエスの死は犠牲でした。人類の為の犠牲でした。そして、聖書におけるイエスの死の内容は神まで殺してしまう、歪んだ世界と人間性、それを告発していると思います。そしてその犠牲を我々に求めているとも思いません。それは二度とこの世で起きてはならないことです。その責任も私達に任されたと思います。しかし、イエスの十字架での死は原始キリスト教団の形成と共に、キリスト教のためだけの犠牲のイデオロギーになってしまったのです。そのイデオロギーのために犠牲が強要されました。そしてそのために死んだ人は聖人になりました。
 この世には現在でも犠牲が求められる状況が無いとは言えません。あらゆる抑圧から自由や平等を求め、その戦いの中で自分を犠牲にする人々がいます。それは結構なことと思います。しかし、それは人それぞれが決めるべきもので強要されるものになってはなりません。又、そのことを称えてもなりません。韓国の民主化闘争の時にも多くの犠牲者が出ました。友人の一人も1980年の春のある日、私と一緒に泊まった翌日、資本家の搾取へ、又、それを助長する政府へ耐え難い怒りを持つ一人の労働者として焼身自殺しました。今の韓国の民主化は彼らの犠牲によるものであったとも言えますが、聖書はそのような犠牲を要求する、助長する全ての抑圧や暴力や戦争を止めるべきことを訴えているものではないでしょうか。
 又、戦争で死なされた人々が今も、靖国神社で英霊や軍神にさせられるのを私達が反対する理由の一つがここにあります。二重の犠牲者になって、他の人の犠牲を強要するのです。それに、今も多くの韓国・朝鮮人の戦没者も日本の神にして祭っているという勝手なやり方には怒りが耐えません。靖国神社に今年の終戦日に参拝しようとする小泉氏の行為はまさに二重犠牲のプロパガンダです。
 又、この春にJRの大久保駅で起きた人身事故を今は静かになりましたが、一時マスコミが大騒ぎしましたが、それも犠牲のプロパガンダです。戦中のマスコミのように日本の若者よ、お国の為、天皇ため死んで行けということと全く同じ論理があらゆる面で摩り替えて使われているのに気をつける必要があると思います。
(2001年4月1日証詞より/ろば149号)
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