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    友人の死とWTO世界会議(コヘレトの言葉4:1-3)
 世の中いったい何事が起っているのか。本当の事実というのはどういうものか。情報が多く氾濫している時代でありながら逆にそれらが私たちの判断を紛らわしくしている。ある程度の判断力を持っていないと情報の是非をわきまえることが出来ない。その上、マスコミも本来の言論や表現の自由が権力や資本によって影響され、偏頗的な報道をすることも多いのが現状であろう。今更と言われるかも知れないが、最近とある事件でマスコミの現状の一部を体験することができた。
 さる9月10日にメキシコのカンクンでWTO(世界貿易機関)世界閣僚会議が開かれた。日本からは外務大臣や通産大臣も参加した。同時にカンクンの会場周辺には世界中から多くの市民運動家や農業関連者が集まり、WTO会議で決めようとする内容を撤回することを要求する集会を開き、デモ行進をしていた。そこである韓国の農民代表が刃物で自分の胸を刺し、抗議自殺をする事件が起きたのである。その事件は直ちに世界中のマスコミによって報道されたが、何故か日本のマスコミは全くと言える程この事件について報道することがなかった。世界閣僚会議には日本の外務大臣や通産大臣も出席していた。それに会議の内容には農産物の関税の引き下げなどが扱われていた点から考えると全く無関係であったとは思われない。私がその抗議自殺の事件を知ったのはその翌日に韓国のインターネット上の新聞を通してであった。李京海(イキョンヘ)。もう一度確かめて見た。間違いなく私の友人であった。大きな衝撃であった。
 彼と初めて会ったのは2001年8月下旬、台風の日の昼頃であった。NCCJの総幹事から電話連絡を受け、霞ヶ関の第二衆議院会館前に駆けつけた時は、彼は激しい雨の中で抗議の座り込みをしていた。日本語を全く喋れない彼は座り込みのための全てのものを一人で用意し、小泉首相の靖国神社参拝や「つくる会」の教科書検定合格に反対する内容を書いた横断幕を衆議院会館の外側壁に掛け、座り込みのハンストを29日間行ったのである。その間、私はほぼ毎日の夜遅い時間に、時には当時小学校五年生であった息子と一緒に、その日の韓国の新聞等を持って行き、話の相手をしながら彼から多くの事を学ぶことができた。ど根性の人であった。それこそ彼の魅力であって、しかも彼の優しい顔の表情は今も心に深く残っている。韓国に戻られた後にも何度もの電話を頂いたことがある。互いに多忙なこともあり2年程前に一度だけソウルで夜遅い時間に会ったことがある。30分位であったが、そのため彼は300キロほど離れた全州という町からわざわざ車でやって来たのである。彼は当時、韓国の全羅北道道議会の議員であった。彼は農民出身であり、農民運動家として全国規模の農民団体を作り、その農民によって選ばれた政治家の一人であった。そうした意味で彼がカンクンへ抗議のために行ったのは当然のことのようであった。
 WTOの世界閣僚会議は何のための会議であったのか。何故、各国の外務大臣をはじめとする閣僚が参加したのか。そして、彼は何故そこで死ななければならなかったのか。世界中の閣僚が参加して行われたという点で、重大な会議であったのを推測するのはそれほど難しくはない。一言で言えば、WTO閣僚会議は「世界支配システム」を作る会議であった。世界支配システム作りというのは大げさな表現のように見えるかも知れないが、植民地時代や冷戦の時代が終り、今は武力による時代ではないと言いながらも結局イラクを侵攻・支配しているのはその武力である。そしてその後ろには支配的資本主義構造がサポートしている。グローバリゼーションと言っていることも実際には世界の経済構造を再構築し、どの国においても資本が自由に出入りするようなシステム作りだと素人でありながら思っているわけである。その代表的なことが「ウルグアイラウンド」であり、そのようなシステムを作るのがWTOの役割なのである。誰のためかと言うのは言う必要もないだろう。
 1986年にウルグアイでのGATT(関税および貿易に関する一般協定)閣僚会議で交渉が始まり、1993年に合意に達した事によってWTOが設立されることになって終了した。つまり、ウルグアイラウンドの成功によってWTOが誕生したのである。その大きな内容は農産物の関税化(他22項目)ということであった。李さんは1990年にジュネーブでウルグアイラウンドに抗議して割腹したことがあり、その傷を見せてもらったことがある。
 今回の会議内容の中にも農産物貿易に関する条項が入っている。例えば、日本はお米に対しての関税率をこれまで490%にして国の主要穀物であるお米の生産農家を保護してきたのである。それに対してWTOでは関税率の上限を設定したいということであり、全農産品に対する関税率を25%以下に下げることを提案していたようである。それに対して、ブラジルやインド、中国などの21ヶ国が先進国の補助金撤廃や市場開放を求める対案を共同で提出している。補助金というのは先進国が自国の農業を保護するためのものである。例えば、米国の1999年の農業補助金は1兆8千億円。EUは5兆8千億円に加え輸出補助金として56億ドルを払っているようで、日本の場合は7千5百億円を払っているそうである。この補助金制度については先進国内でも批判が高まっていて、アメリカNGOのコメントでは「豊かな国の農家に払われる補助金は、1日1ドル以下で暮らす世界の12億人の所得合計を上回る」という批判であり、米国がWTOへ関税引き下げの働きかけをしている構造についても説明している。「2002年の米国の農業補助金の65%に当たる78億ドルが企業を含む上位10%の大規模農家に払われ、一方、農業ビジネスからの政治献金が1992年の3千7百万ドルから2002年は5千3百万ドルに膨らんだ。大規模農家と貿易企業、政治の結びつきが見える。その標的が途上国市場だ。」ということであった。
 前回のWTO会議は1999年11月の末にアメリカのシアトルで開かれたが、この時にも多くの人々がWTOの政策に反対する集会を開いて、結局決裂に至ったのである。それについてはノーム・チョムスキが『グローバリズムは世界を破壊する』(明石書店・2003年)で一章を設けて書いている。今回のWTO会議も李さんを始め多くの人々がカンクンに駆けつけ抗議をすることによって決裂した。このような先進国による世界支配システム作りの作業はずっと続くであろうし、同時に世界の民衆の戦いも終わらないだろう。
 ドイツのフランクフルト学派の社会哲学者であるユルゲン・ハーバマスが1968年にまとめた論文集の『イデオロギーとしての技術と科学』(平凡社ライブラリー・2000年)という本がある。その解説の最後のところで、岩崎稔氏が、WTOのシアトル会議の反対行動を「反システム運動」であると書いており、それはハーバマスの後年に使っていた表現である「システムによる生活世界の植民地化」に対する新しい動きであると紹介している。
 それに対して貧困の経済学を主張してノーベル賞を受賞したアマルティア・センというインド人経済学者がいる。彼の文章の中にグローバリゼーションについて書いたところがあり、「グローバリゼーションに対する抗議のかたち自体も、グローバル化しつつあります。」と言いながら、「グローバリゼーションの反対側に位置するのは偏執的な分離主義者頑迷な経済孤立主義です。」(『貧困の克服』集英社新書・2002年、145頁)と書いている。全く門外漢でありながらこれらの文章を読んだ時、貧困の経済学者としてWTOの政策をどの立場から考えているのかが疑問であった。
 コヘレトの言葉の著者は世界の矛盾を知っていた人であろう。「虐げられる人の涙」と「虐げる者の手にある力」を対比させて描いている。矛盾の酷さとして「既に死んだ人を、幸いだと言おう。更に生きて行かなければならない人よりは幸いだ。いや、その両者よりも幸福なのは、生まれて来なかった者だ。太陽の下に起こる悪い業を見ていないのだから。」(2,3)と語っている。このようなことが今の世界では起こっていないと信じている人もいると思うが、カンクンでの出来事は何を意味していたのであろうか。そして李京海さんの死は何を意味したのであろうか。聖書の著者は農民をはじめ世界で抑圧され、収奪されている民衆の思いを「虐げられる人の涙」として表現していたのであろう。「虐げる者の手にある力」をもって自分自身のため原理原則を作り、システムを作っている人々が片方にいる。律法主義者であり、自分の救いしか考えていない多くの人々であろう。(2003年9月21日証詞より/ろば158号)
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