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    権力と創造神話(創世記2:4-24)
 人は自分が何処から来たのかという問いは古代からの関心事であったと思います。そのため創造に関する神話や伝説のようなものは共同体のアイデンティティを提供するものにもなります。自らの家系がどこから発生し、どのように形成されて来たのかを問い質すことは自らのアイデンティティの形成や確認をすることに繋がるものです。そして、神話や伝説は国家権力の根拠作りや宗教における信仰の基準にもなることも多くあります。例えば、古事記や日本書紀における神話が天皇制の根拠作りのようなものでもあれば、旧約聖書における創造物語はアメリカの社会の中で進化論と創造論という形で対立の原因にもなるのです。
 その宇宙や人類の創造に関する働きと記憶とは有史以前のことでありますし、その文字化は有史以来の作業です。従って、それらを信じるか信じないかの問題でもありますが、それよりそれらが必要性に応じて造られたものも多くあります。例えば、殆どの人の家系を遡って行きますとどこかの偉い人や王の子孫にあたることなどです。ですから殆どの人はどこの馬の骨かではなくちゃんとした偉大なる人物の子孫や王孫ということになります。しかし、世の中には更にその先を追及しているものがあります。それは権力者を標榜する者であり、そのシステムです。彼らは首領、王、皇帝のような肩書きを持っていますが、彼らの権力の背景には必ず民の存在があります。民なしの君主はいません。民あっての君主です。しかし、彼らはそれを認めるわけには行きません。そこで多くの場合は権力の形成を神話と結びつけ、自らの権威や権力が神と直結するものであるようにでっち上げるのです。
 こういった観点から次に申し上げる二つの創造に関する神話について考えてみたいと思います。一つは旧約聖書における創造に関する物語です。もう一つは古事記や日本書紀に書かれている神話です。
 まず創世記の内容ですが、創世記における1章と1章4節以下の二つの創造に関する物語の内容は少々異なるものですが、日本の神話に比べますとはっきりと浮かぶものがあります。創造者と被造物の位置の問題です。つまりその位置付けが同等なるものか異なるものかという問題です。旧約聖書における内容は基本的には創造者と被造物の位置は異なるものであるというのに一致しています。簡単に申しますと人間を含む地上の全ての生き物は神によって創られたという考えです。それに比べますと、古事記や日本書紀の神話には人間の始まりについて書かれていません。その神話のテーマは天皇を神々の子孫に繋げるということです。従って、そこには創造者と被造物という設定はありません。そのため天皇が現人神として国家を支配する存在として位置付けられているのです。
 その違いは何を意味するのでしょうか。その理解のためには先ほどの話にもどらなければなりません。創造物語や神話の形成理由の一断面に過ぎないことを前提にしての話ですが、権力維持という面からの考察です。特に人類における支配の歴史と信仰の歴史は集団形成と重なるものですので、その始まりは殆ど変わらないものではないかと推測します。そして、その集団が大きくなり国家や宗教が形成されます。それによってより大きな権力が形成されるようになり、その時にもっとも理想的な権力形成とは両方の頂点に同時に立つことではないかと思います。それは人類史のありとあらゆる時期に発見できるものと思います。そのようなところから考えますと古事記や日本書紀の内容は割と普通のことでそれが成功した事例にもなることでしょう。そういった意味で二つの創造に関する神話が書かれた状況を考えますと、旧約聖書の場合は権力が非常に不安定な状況で書かれたもので、後者は権力が割と安定した状況で書かれたものではないかと思うのは間違いでしょうか。
 しかし、権力維持というのはそれほど簡単なものではなかったのです。ソロモン王の場合を考えてみます。ソロモン王の権力形成過程において神権政治への志向性を持っていました。ソロモン王は世襲によってダビデ王朝を作り上げました。そして神殿の建設やそれに伴って祭司等を任命する組織造りをします。更に彼はダビデ王朝に関するイデオロギーをつくります。そして国家や宗教の両方における権力の頂点に立とうとしたのではないでしょうか。旧約聖書における創造に関する物語がもし当時に創られたとしたら、その辺から考えますと非常に面白く読まれると思います。実際、そのように考えている聖書学者もいます。もしそうであった場合はこの創造に関する神話の内容をめぐって宮廷や神殿の中のイデオローグたちは惨憺たる争いを繰り広げたのではないかと思います。片方は権力と王朝を永遠なるものとして築き上げる作業が行われ、片方はそれを相対化しようとする動きがあったのでしょう。ダビデ王朝からメシヤが誕生するなどのイデオロギーはダビデ王朝が神に繋がることを間接的に言っている部分です。しかし、結果から申しますとソロモンが導く権力側が負けたのではないでしょうか。つまり、ソロモンイコール神ではなく、ソロモンもあくまで神の被造物であるという神学が勝ったのです。それが意味するのは非常に大きな事と考えられます。
 このような理解に関する裏づけは、ソロモン王の死後に起った王国の南と北の分裂です(BC926年)。それは今から考えますと一種のクーデターであり、革命でもありました。その時のやり取りについては列王記上2章4節-14節に書かれてあります。その一部をご紹介しますと、4節に民側が「あなたの父上はわたしたちに苛酷な軛を負わせました。今、あなたの父上がわたしたちに課した苛酷な労働、重い軛を軽くしてください。そうすれば、わたしたちはあなたにお仕えいたします。」と要求します。それに対して宮廷側からは二つの反応がありますが一つは、7節の「もしあなたが今日この民の僕となり、彼らに仕えてその求めに応じ、優しい言葉をかけるなら、彼らはいつまでもあなたに仕えるはずです。」という反応と、10節以下で「わたしの小指は父の腰より太い。父がお前たちに重い軛を負わせたのだから、わたしは更にそれを重くする。父がお前たちを鞭で懲らしめたのだから、わたしはさそりで懲らしめる。」という反応がありました。
 このように旧約聖書における創造に関する物語を考えて見ますと、創造者と被造物の位置付けが異なることによって発生するのは永遠な権力形成は出来ないということです。つまり幾ら絶対なる権力の持ち主でも神の前では一被造物に過ぎないという神学です。それは権力者はいつでも変えられる存在であるのを示しているものでしょう。そして権力者は常に神の声を民から聞かなければならないということでしょう。
 専門家ではありませんので正しい言い方ではないかも知れませんが、天皇制を支える神道にはキリスト教で言う正義という思想、儒教における仁や義という徳目がどうもはっきり見えません。それは常に神が目の前に存在するため要らなかったのではないかと思います。それらは神によって現れたものであり、それらをもって天の下に存在する全てのものの正邪を判断するのです。しかし、天皇が神である場合はそのようなものは要らない。天皇によって語られるのが常に徳目になるわけです。特に戦時中は教育勅語に対して絶対の敬意を要求されました。江戸時代を含む時代に天皇が明治維新以後のような絶対的な権力を持っていなかったとしても、天皇が神とつながっているという神道思想は階層を分け、権力の集中を促し、その持続性を保つ働きを盛んにして来たと思います。
 古事記や日本書紀が書かれた年代から見ますと旧約聖書が書かれた紀元前という時期は神話の時代になります。しかし、どの時代にも人間は権力の争いを繰り広げたことになります。それは有史以前の場合でも人々が集まったところでは常に権力の争いがあったというのが想像できます。普遍性と言いましょうか、今日でもまったく変わってないものです。しかし、今は殆どの集団の権力システムが交代するようになっています。幾ら優れた神話を持ったとしても人間を力で支配しようとしていた殆どの王朝が歴史から消えて行きました。勿論王朝が滅びるというのは神話も消滅します。しかし、これまで変わっていないと言っている、そしてこれからも変わらないと考えているシステムが天皇制です。変わらない面から見ますとそれは非常に安定したシステムで、国民に変化という不安を与えない、優れたシステムかも知れません。戦後60年の殆どの時期を自民党がリードしてきたのもこのような天皇制による国民的心性が作用したかも知れません。その天皇制が戦後象徴天皇制に変えられ、天皇が人間宣言もしましたが、今度は男子が生まれない現実の中で女帝を認めることで万世一系の皇統を守ろうとしています。(2005年1月30日の証詞より/ろば163号)
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