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    ガリラヤと夢(マタイによる福音書4:12-17)
 聖書の地理的背景は主にガリラヤとユダヤという縦に長い地域です。その北と南のほぼ両端にはガリラヤ湖と死海という湖があり、この二つの湖をつなぐ水脈としてヨルダン川があります。イエス時代の生活環境を比べますと、エルサレムを含む南のユダヤ地域は生活するには大変厳しい環境であったようです。エルサレムは海抜約790メートルの山の上にある町で、その周辺は山と谷が続いているところとして書かれています。その東から南にかけて死海がありますが、海面下394メートルに位置していますのでエルサレムと死海との標高差は1千メートルを超えます。その間は草も育たないユダの荒野が続く場所で、ここはイエスが最初の誘惑を受けた場所でもあり、人が住むにはきわめて厳しいところです。
 それに比べガリラヤは生活しやすい環境であったでしょう。ガリラヤ湖では沢山の魚が取れ、その周辺には農地が広がり、多くの収穫がありました。しかし、本日の聖書の中で15節を見ますと異邦人のガリラヤという表現が出ていますように以前はガリラヤ地域には異邦人が多く住んでいたということです。ガリラヤは紀元前722年アッシリアによって滅びますが、そのアッシリアの政策によって多くの異邦人が移住させられ住むようになります。そして、この地はその後の約600年の間にずっと異邦人が多く住む地域でした。
 異邦人の町ガリラヤがユダヤ人の元に戻ったのは紀元前1世紀頃。マカバイ兄弟がマケドニアを対象にユダヤ地域の解放戦争を起こして、その戦争に勝ち、ハスモン王朝を作り上げます。この王朝は短命におわりますが、その王の一人であるアリストブロス一世が紀元前104年にガリラヤを征服します。そして、異邦人の町であったガリラヤに多くのユダヤ人を他の場所から移住させます。外国人も住むようになり、非常に不安定な場所であったようです。その不安定さは同時に新しい可能性とも表裏一体になっていたようです。ガリラヤには土地を持っていない人も多く、季節労働者や小作農、放浪者のように貧しい人も多く住んでいました。そして、13節にイエス自身も自分の住んでいたナザレの町を離れたというのは、移住者の町に住む者として日常生活化したことかも知れません。このような生活環境を16節で暗闇、死の陰の地と言っているように、大変厳しい現実であったように描いています。同時にそれは新しい時を夢見ることへと繋がっていたと思います。
 16節の続きにそこに住む民は大きな光を見、彼らに光が射し込むと書かれています。これはイザヤの預言の引用です(イザヤ書9:1,2)。紀元前8世紀の預言者イザヤが託した夢とは何であったかは分かりませんが、きっとイエスのことであったと思います。ここで預言の成就神学を言うつもりは全くありません。唯、ガリラヤには夢なしには生きられないほどの過酷な現実があったことを見届けたいと思います。
 ガリラヤで夢を持っている人とはイエス以外にどんな人がいたのでしょうか。
 その一つは、律法学者です。エルサレムのように神殿がないこの地域にはシナゴグが多く設けられ、祭司はおらず、主にトーラー(律法)に携わるラビがいました。彼らはトーラーを読み、ガリラヤにおける神の国を考えていたと思います。即ち、ガリラヤの宗教的背景はラビ的でその一部の内容は当時の人々が持っていた神の国への夢を支える大きな原動力になっていたと思います。そして、ガリラヤは熱心党運動の発生の地でもありました。武器を持って侵略者や腐敗しきった権力者を殺害し、ダビデ王朝の夢を持ち、侵略者からの独立を狙った人々の根拠地でもあったのです。イエス以後のガリラヤは、当時ローマの傀儡政権であったヘロデアンティパス王が支配していました(前4年〜後39年)が、西暦四四年からはローマの直轄地となり、66年からはローマへの抵抗運動の中心地になります。こういった意味でガリラヤは波瀾万丈な歴史の所有地でもあります。
 このような時にイエスは何をしていたのか。
 12節にイエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれたと書いてあります。このイエスの行動は非常に重要なものであったと思います。イエスはこの時、ユダの荒野にいました。そこで40日間の断食をし、サタンから誘惑を受ける話が今日の本文の直ぐ前の部分になります。その時、そこでイエスは洗礼者ヨハネがヘロデアンティパスによって捕らわれたという話を聞きます。その話を聞いたイエスは、勿論修行が終わったことでもあったと思いますが、荒れ野を離れ、近くのエルサレムではなくガリラヤへ戻るのです。ヨハネがヘロデ王に捕らわれたというのは、ガリラヤは決して安全な場所ではないことを説明します。それにもかかわらずイエスがガリラヤへ戻ったというのはある意味でイエスの強い意志をのぞかせる部分でしょう。この一連の話はイエスが公活動へ入ったことを意味しますが、この時のイエスの心境とは他のガリラヤの多くの人のように神の国への夢を見ていたと思います。イエスはガリラヤに行き、しかも実家からも離れます(13節)。
 このようなことを覚えながら申しますのは、イエスはどんな力を持ち、どんな行動をしていたのかではなく、夢を持つイエス、新しいビジョンを想像するイエスのことが何より大切であるということです。
 ガリラヤは異邦人の町、移住者の町と言いましたが、13節でゼブルン族の地とナフタリの地(境界)、ナザレもアシェル族の境界で、当時は地域間の境界が非常にあいまいであり、その町一つ一つが今回の夏季集会のテーマのように境界性を豊富に持っている町でした。この地域性からみてもガリラヤは夢を持つ人が多い場所でもあったと思います。ここで言う境界性とは要するに変わる可能性が高いということです。神殿の祭儀制度のように殆ど変わらないエルサレムのようなところは、夢に自分を委ねる人の割合は低いと思います。全てがシステム化されている神殿や権力機関は、要するに官僚的な形態を持ちます。彼らには民や民衆への思いやりはなく、ただ管理の対象として見えるだけで、共同体としての夢は要りません。そのせいでしょうか。神はこのエルサレム神殿というシステムを3回もつぶし、今はもう跡形もありません。昨今の日本キリスト教団の夢はどんなものでしょうか。夢を見る人が少なくなっているような気がしてなりません。
 夢を見るというのはどんなことでしょうか。今回の夏季集会の場所が「一本のえんぴつ」という名称の宿です。この「一本の鉛筆」のことですが、美空ひばりが1974年8月9日、広島音楽祭で初めて歌った彼女のオリジナル歌の曲名でもあります。この歌が一本の鉛筆と一枚のざら紙を通して何を言おうとしていたのかを理解するにはそれほど難しくはありません。歌詞の中に一本の鉛筆があれば…愛と書き…戦争がいやだと書く。一枚のザラ紙があれば…あなたをかえしてと私は書く。一本の鉛筆があれば…八月六日の朝と書く…人間の命と書くという表現があります。平和への夢を描いているのです。しかし、一本の鉛筆で一枚のざら紙に平和を書いたって平和が来るはずがありません。その夢は消しゴムでいつでも消すことができます。むしろ、具体的な外交関係を通して高価な万年筆でサインした外交文書の方がもっと平和の実現に近いと思い、さらに、高額の武器を購入して多くの兵士を雇い武装させた国の方がより安全を守りやすいと思い、ミサイルや核武装の方がもっと役に立つ、このように思う人がこの世には多くいます。
 それなのに何で一本の鉛筆、一枚のざら紙があればのことでしょうか。それは夢だからです。夢とはきっとこのようなものだと思います。万年筆や色紙が欲しいと言った時はもう夢ではなくなります。そこには持っているものと持たないものが存在するだけです。それはただの計算された可能性にすぎません。本当の夢は鉛筆や紙がなくても想像することができます。そして、その夢は美空ひばりの歌のように皆の心を動かし一つにさせ、皆を動かせます。
 余談ですが、美空ひばりは楽譜を読めなかったようです。全ての曲は耳で聞いて、それに自分の歌唱力と感情をさらに足し入れて美しい歌に仕上げていたようです。楽譜を読めるから歌えるのではありません。全てが揃っているから何かが始まり、できるのではありません。
 預言者のように私たちが現在置かれている不安定な状況の中で、新しい歴史を想像することができればなによりのことと思います。百人町教会のこれまでの38年の歴史とはガリラヤの歩みでした。この度、再びこれまでの仮の住まいから旅に出かけるようになりました。この旅がいつ終わるかは誰もわかっていません。唯、私たちにはこの時代を新しい教会形成というビションと想像力を持ち、共に歩いていける信仰の仲間がいます。これらを大切にしていきたいと思います。
(2008年7月6日夏季集会の証詞より/ろば177号)
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