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    ヨハネとイエス-開かれた信仰-(マルコによる福音書2:18-20)
 この証詞を準備している7月22日にノルウェーのオスロで百人近い人を無差別に殺害する事件が起こり、その容疑者がキリスト教原理主義者であるとの報道がありました。私たちが信仰するキリスト教はその形や中身にいろいろと異なるところがあります。しかし、今回の事件がキリスト教の原理主義者と名乗る人によるものであると知らされた以上、いくら私たちが容疑者との信仰上の違いを主張したとしてもキリスト教の外部から見ると同じように見られ、言われるはずです。同時に私たち自身もどうして、同じキリスト者でありながらこれほどの事件を起すことができるのか大きな疑問を抱くところです。しかし、考えてみますと自らの信念と信仰が絶対正しいと思い、それらを貫こうとして異なる立場にある人を排除し、裁こうとするようなことは、遠いどこかの他人の話でもなさそうな気がしまして恐れを感じます。
 この証詞はこのような疑問などを持ちながらヨハネとイエスについて考えてみたものです。私たちの信仰の祖先となる聖書の主人公たちは、パレスチナという狭い地域で皆が同じくユダヤ教を信仰していました。同時に、彼らの中にはファリサイ派やヨハネ派、それにイエスに従う群れのように信仰やその形態が異なるグループが幾つもありました。しかし、互いに認め合い、支えあう関係はなかなか起こらず、多くの場合、互いに批判や排除を行うような対立的な姿勢を取っていました。極端な場合は憎むすえに相手に謀略を巡らし殺してしまうこともありました。人やその集団の間で、様々な考え方や立場などが異なったりするのは当たり前のことですが、場合によっては今回の事件のような惨いことが起きてしまうこともあるのです。
 今日の聖書は断食についての問答についての内容ですが、18節を見ますと、今申しましたような状況が何となく見えると思います。
ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、人々はイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」
 この断食の話からユダヤ教の内部に異なるグループが存在し、その行動や考え方にも違いがあることがわかります。ここで意外なことが発見できます。断食を基準にしてファリサイ派とヨハネのグループがイエスのグループと対立しているというところです。関連個所ではありませんがルカによる福音書7章34節を見ますと、「人の子が来て、飲み食いすると『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う」とあり、ここではイエスとそのグループを誹謗しようとする意図が鮮明に見えます。
 このように断食はユダヤ教において敬虔の基準として重要な意味を持ち、それはキリスト教やイスラム教にも受け継がれており、その他の宗教においても敬虔の尺度とする場合が多いのではないかと思います。共観福音書の全巻からもイエスが公的活動を開始する前に荒れ野へ出かけて断食を行ったと記されています。
 断食は飢えとは違って、自らを制する行為であり、現代では健康のための理由で行ったりもしますが、宗教上の理由で断食をする場合は、自己決断の印でもあり、苦を通して神からの恵みを感ずることによって神の前で謙虚になることなどの意味があると思います。そして、この断食を倫理上の面から考えてみますと、その行為によって他人の苦しみを感じる、例えば飢えに苦しむ人のことを覚え、或いは断食した分の余る食糧や物を貧しき者と分かち合うようなことであれば、それは立派な倫理的行為であると思います。しかし、その行為を自らではなく他人に、或いは他の集団に適用し、その有無を基準に判断しようとするのであれば、幾ら宗教であろうと、倫理であろうと納得し難いことであります。
 例えば、福音書にはイエスの断食についての記事は荒れ野の記事を除いて殆ど見当たりません。しかし、数多くの人が何日も食べずにイエスに従ったという記事は幾つもあり、当然人々と一緒に行動しているイエスと弟子たちも食べずにいたと思われます。群れと一緒に飢え、群れと一緒に食べているこれらのグループに断食はどれほど意味があるのでしょうか(19-20節)。
 このように断食行為が個人における節制や決断のしるしとして行われた場合は、個人の倫理や信仰における意味は大きいと思いますが、それを以て他人を判断し、誹謗、排除しようとするのはそもそも信仰の目的を失った判断ではないかと思います。
 ここまでの内容から考えますと聖書の本文が断食の問答として言おうとしているのは、このような判断で人やグループを仕分けることを決して行ってはならないという教えだったことが分かります。しかし、この教えとは相反する、イエスに問答を仕掛けた偏狭な考え方が、今日におけるキリスト教内部にも大きな亀裂を造りながら働いているのを見ますと残念な思いがしてなりません。
 次に、聖書の本文とは直接関連はありませんが、禁欲的な姿勢を常に取っていたヨハネの主な活動の場が荒れ野であったこと、それに対してイエスの活動の場は町の中や周辺であったことからその違いを考えてみたいと思います。問答のテーマにはなっておりませんが、断食と関連して考えますと、荒れ野の生活が禁欲的で正しく見えていたはずです。問答のテーマにならなかったのはファリサイ派の生活が町に限るものであったからのことでしょう。しかし、ヨハネだけでなく、聖書の全般を通してその主人公たちと荒れ野との関連性には目を離せないほど重大な意味合いがあることは間違いありません。
 イエスはその公的生活に入る前に一人で荒れ野に40日間出かけました。モーセも荒れ野で神と出会い、さらに、彼が導くイスラエルの民はエジプトを脱出した後、荒れ野で40年間過すこととなります。もしかすると荒れ野は私たちが人生と言う営みの中で通過しなければならない場所かも知れません。一般的に荒れ野とは避けるべき場所としてのイメージが強いですが、このように宗教的な面からは非常に惹かれる場所として受けとめられています。
 その荒れ野はいろいろと大切な意味合いを持っています。それらの中で今日申し上げたいのはその一つである「リセット」という意味合いについてです。個人や集団はその営みのどこかで必ずと言ってもいい程、この再出発への願望が持ちだされることがあります。そのリセットというのは、例えば、イスラエルの民がシナイ半島で40年間流浪したというのは、民族的なリセットとして、エジプトで身に付いていた奴隷根性を洗い落し、自由と共存への歩みを準備する意味があったと考えられます。私たちの洗礼にもこのようなリセットの意味合いがあると思います。それと礼拝もリセットの意味合いがあり、このような場合、洗礼も礼拝も荒れ野通過を意味することだと思います。
 一方、荒れ野は禁欲主義者の住処でもあります。荒れ野は隔離できる避難場所として多く使われ、個人としての救いへの精進と保護ができると思われる場所でもあります。ヨハネが荒れ野に留まっていたことはこの理由に近いと思います。しかし、モーセとイエスとは荒れ野を離れ町へ戻りました。ここがヨハネとイエスとの根本的に違うところだと思います。その違いはどこからくるものだったでしょうか。ここでヨハネを死にまで至らせた重要な動きを考えてみたいと思います。ヨハネはヘロデ・アンティパス王の批判をしましてそれが原因で殺されます。この批判には勇気と強靭な精神が必要だったと思います。しかし、その内容は民衆を苦しめる王権の批判ではなく、ヘロデ王が弟の夫人を横取りしたことに対する個人倫理への批判です。
 ピーター・バーガーというアメリカの社会学者は、アメリカ南部の保守的教会が黒人差別と一致する(『社会学への招待』、165頁)と述べています。独裁政権は市民の個人的倫理を強調する面があります。それは民衆の目を権力から逸らせるためであります。戦時中の日本の体制側もある枠の中で個人の倫理を強調しました。そして、一人ひとりを国民と非国民に仕分けし、非難と排除を行っていました。これらには既得権者である一部の人の権利を護ろうとする目的がありました。このような個人的な倫理と信仰の強調には、ヨハネ的な側面と限界があるということです。最近では日本の教会のなかでも信仰者と非信仰者とを仕分けしようとする動きが活発になっているのが見えます。
 最後に本文のすぐ前の2章16節、「ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、『どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか』と言った。」は、律法学者たちがイエスを非難する言葉ですが、同時に誰にも開かれたイエスの信仰と生き方が教えられる大切な言葉でもあります。
(2011年7月24日証詞より)
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