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     預言者の後ろ姿(エレミヤ書20:7-9)
 私は木田先生の弟子の中では一番末っ子です。しかも異邦人です。このような私が先生を天の国へ見送るこの場で、葬送の辞を述べさせて頂くことは皆様には大変恐縮で、同時に感謝しております。末っ子とは、親から貰う栄養は少ないかもしれませんが、可愛がられ、愛情をたっぷり貰えるところがあります。先生からはいつも可愛がって頂きました。私は一九九二年から九六年まで木田ゼミに出入りをし、その間の1994と95年の2年間、先生のご指導の下で修士論文を書き、九六年の先生の退職の年に立教の修士課程を終えました。ですから、私が先生の公認の最後の弟子です。
 自分の話をもう少し述べさせて頂きます。先生に初めてお会いしましたのは、34年前の1979年10月25日でした。この日を覚えていますのは韓国の歴史が変わろうとした時であったからです。今度の韓国の大統領の父親、長年の独裁者の朴正熙が部下に殺される前日でした。先生はこの時にソウルで開かれたアジアキリスト教協議会(CCA)主催の民衆神学の会議に出席されましたが、他にもう一つの目的がありました。それは先生の略歴に書かれてありますように、韓国の教会との姉妹関係を結ぶためでありました。その年の夏、短期留学のため来日した韓国の蚕室中央教会の朴聖慈牧師を百人町教会の礼拝に招き、その場で姉妹関係を提案し、それを具体化するための来韓だったのです。その教会は私の母教会でした。当時、私は神学生でもなく、先生と直接お話をすることはありませんでしたが、セコンドバックを持ち、キーセン観光などでソウルの町をぶらぶらと歩いているところを見かけた日本人とは全く違う、とてもまともな方で、しかも日本の教会の牧師で、また神学者であられるということで記憶に残る初めての日本の方でした。その後、私は民衆神学の母体である神学大学で学び、牧師となり、1992年教会を辞めることになった時に、先生のことを思い出し、大学の卒論もヨシュア宗教改革について書きましたので、先生の下で学ぶことを決め、来日するようになりました。
 しかし、留学を決めてから1ヶ月も経たない内の来日でしたので、言語的準備もなく、日本語の学校に2ヶ月間通いましたが、つまらなくなりすぐ辞めてしまいました。その後、独学で言語を習得することになりますが、最初に選んだ日本語の教材は来日の時に母教会の先生から頂いた、先生の『旧約聖書概説』(聖文舎)でした。ふりがなを付けながら、時々夜が明けるまで読んだりしまして、読み終えるには1ヶ月ほどの時間がかかりました。生まれて初めて読み終えた外国語の書籍でした。その時の感動は今でも良く覚えております。そしてこの後、日本で初めて買った本も先生の『エレミヤ書を読む』(筑摩書房)という本でした。生まれたばかりの子どもは母親のお乳を飲み、母親の言葉を聞きながら成長します。振り返ってみますと私は勝手ながら日本語や神学というお乳を、先生の本を通して飲ませて頂いたことであったのです。
 その後、木田ゼミを通して聖書をどう読むベきかを学びました。それは、私自身が人間として、キリスト者としてどう生きるべきかということでした。来日の日から先生が通われる百人町教会に出席しました。そして、来日6年目となる一九九七年から、今は故人となられた阿蘇敏文牧師の後任として百人町教会の牧師になりました。これも木田先生を始め、百人町教会の素敵な仲間たちのお陰だと思っており、感謝しております。このように今の私は、木田先生を抜きにしては考えられない者です。
 末っ子とは親と顔を合わせるのはなかなか難しいことです。ですから、私はいつも先生の後ろ姿を見ながら、勝手なる想像と片思いで自分を励まして来たように思います。このことについて少し述べさせて頂きます。
 先生はご存じのように長年の間、旧約聖書の預言者を研究して来られました。その研究の業績について私が触れるのは憚られますので、全くできません。ただ、先生の後ろ姿については少し申し上げることができると思うのです。
 先生は『エレミヤ書を読む』という本の表紙として、ミケランジェロが描いた、バチカンのシスティナ礼拝堂の天井画からエレミヤの像をお選びになりました。表紙のエレミヤは、かがみ込み、手をあごにあてて、物思いに沈んでいる姿です。きっとこの絵が気に入っておられたのでしょう。
 今日選ばせて頂いた聖書はエレミヤの五つの告白の最後の告白の一部分です。これを聖書学的に解釈するつもりはありません。ただ、この聖書の内容から見える、エレミヤの後ろ姿について少し申し上げたいと思います。
一つは、預言者の悩む姿です。苦悩に満ちた姿です。人々に笑い者にされ、嘲られ、苦しむ預言者の後ろ姿です。
わたしは一日中、笑い者にされ、人が皆、わたしを嘲ります。わたしが語ろうとすれば、それは嘆きとなり、「不法だ、暴力だ」と叫ばずにはいられません。(7節b,8節a)
 
そして、葛藤と対立、エレミヤは神と激しい論争をも止めません。12章の1節です。
正しいのは、主よ、あなたです。それでも、わたしはあなたと争い裁きについて論じたい。なぜ、神に逆らう者の道は栄え、欺く者は皆、安穏に過ごしているのですか。

 エレミヤは生涯、このように神に悩み続け、問い続けるのです。苦悩に満ちたエレミヤの姿、それは、現実を直視し、歴史の本質を貫く鋭利な判断力と同時に神と民衆に激しいパトスを持っている預言者特有の姿だったと思います。そのエレミヤは宗教改革者でもありました。

 木田先生の後ろ姿を通して私が見たのは、このようなエレミヤの後ろ姿と重なるものでした。先生の神学は歴史現実の中から生まれた、苦悩に満ち、凄絶な闘いの内容です。
 末っ子には特権みたいなものがまだあります。それは親にすがりつくことです。この特権を利用して昨年と一昨年の2年間、秋と冬に毎週1度、先生と昼食を挟んでのおつきあいをすることができました。昨年11月、神宮外苑の銀杏並木の黄葉がとても奇麗だった日、先生を誘い観に行きました。その帰りの車の中で先生はとてもご機嫌になられ、私に話されたのを覚えております。今度書く本は神学の専門書ではなく、教会や牧師のためのものを書きたい、とおっしゃられました。今の日本の教会をとても心配なさっておられてのことでした。その言葉は遺言のようになりました。先生は三代目の牧師として教会をとても愛された方です。木田神学は教会なしには成立しません。先生が韓国の教会と姉妹関係を結ぼうとしたのも、日本の教会にはないものを感じたかったからです。そして、先生は百人町教会の基礎と方向性を残してくださいました。
 聖書から見えるエレミヤのもう一つの後ろ姿は、エレミヤの選択です。現代人は負け組と勝ち組を分け、常に勝ち組となろうとします。しかし、信仰の人、エレミヤはどのような道を選んだのでしょうか。ここに大きな教えがあります。エレミヤは苦悩の中で告白します。
主よ、あなたの勝ちです。(7節b)
主の言葉のゆえに、わたしは一日中恥とそしりを受けねばなりません。(7節b)
主の名を口にすまい、もうその名によって語るまい、と思っても、主の言葉は、わたしの心の中、骨の中に閉じ込められて、火のように燃え上がります。押さえつけておこうとして、わたしは疲れ果てました。わたしの負けです。(9節)

と。エレミヤは神との間に負けを選択するのです。「主よ、あなたが勝ちです。私の負けです。」と。預言者は神に負けることによって、初めてこの世での職務が可能となります。モーセもこのように負けました。イエスも負けました。預言者らのこのような神への負けはこの世に対する課題と責任を負うためです。
 この20余年間、私が見て来た先生の後ろ姿は、エレミヤのように神に負け続けるものでした。そして、現代の多くの教会が神ではなく、世に負け続けているのを心痛んでおられました。その先生の後ろ姿はエレミヤのように孤独なものでした。どうか、皆さん、今日、この世を去って行かれる先生の後ろ姿をよく覚えて下さい。そして、この悲しみを乗り越え、先生が神に負け続けた信仰の道をご一緒に歩みませんか。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

(2013年4月17日故木田献一先生前夜式説教より/ろば197号)
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