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      良き知らせの目撃者(列王記下7:1-20)

  アドベント(待降節)が始まりました。
 11月25日(金)、都内のギャップ(GAP)という店のショーウィンドウにブラック・フライデー(Black Friday)という紙が貼られているのを見ました。前日の木曜日が米国のサンクスギビングデー(Thanksgiving Day)で米国ではこの日の翌日をブラック・フライデーと言い大バーゲンセールを行ないます。調べてみますとこの両日のどれとも関係がない日本にも最近、商習慣だけが上陸したようで、アメリカナイズの一つだと思いますが、消費者には良き知らせだと思います。アメリカのように今後毎年このセールが続くなら来年のこの日を待つのもいいでしょう。
 韓国では26日()の夜に寒さにもかかわらずソウルを始め全国各地で2百万人に近い人々が街に出て蝋燭を灯し、不正疑惑と知人による政務関与による支持率4%の大統領の退陣を心一つにして求めていました。
 又、世界は格差や中東地域の戦争、地球環境の問題などによる困難な状況が続いているためその解決をも祈らざるを得ません。
 今日はこのようなことを覚えながら聖書の教えを通してアドベントを迎える私たちの姿勢についてご一緒に考えたいと思います。列王記下の7章は2章の後半から始まる預言者エリシャの物語の一部です。エリシャとは2章の前半に登場する生きたまま天に上げられる預言者エリヤの弟子であり、後継者です。そのため七章一節は「エリシャは言った」という言葉で始まっています。7章の内容は北イスラエル王国のヨラム王の統治とエリシャの預言活動の物語です。このヨラム王の話は三章から始まっています。7章の内容を簡単に紹介しますと、イスラエル王国とアラム王国との戦争が始まり、その中でエリシャは神の言葉を王や民に伝えています。この戦争物語は六章八節から始まっていますがアラム軍の勢力が強く、イスラエルは首都サマリア城に閉じ込められてしまいます。この時のエリシャの預言は王と民に希望を持たせる内容です。1節の言葉です。
エリシャは言った。「主の言葉を聞きなさい。主はこう言われる。『明日の今ごろ、サマリアの城門で上等の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルで売られる。』」
 この物価と対比されるのが6章25節の言葉です。
サマリアは大飢饉に見舞われていたが、それに包囲が加わって、ろばの頭一つが銀80シェケル、鳩の糞四分の1カブが5シェケルに売られるようになった。
 この2ヶ所の物価を直接対比することはできませんが、格差が大きいことを強調している内容です。戦争の長期化による物資などの欠乏で悲惨な飢饉状況が続いている中での神からの言葉ですが、このエリシャの預言を信じる者は少なく、都城内の人々は絶望の中で生きているのです。
 このような状況をリアルに伝えるものが6章26節から29節までに書いてあります。疲弊や飢餓の状態がどれほどのものかを説明している内容です。
 イスラエルの王が城壁の上を通って行くと、一人の女が彼に向かって叫んだ。「わが主君、王よ、救ってください。」王は言った。「主が救ってくださらなければ、どのようにしてわたしがあなたを救えよう。麦打ち場にあるものによってか、それとも酒ぶねにあるものによってか。」王は更に、「何があったのか」と尋ねると、彼女は言った。「この女がわたしに、『あなたの子供をください。今日その子を食べ、明日はわたしの子供を食べましょう』と言うので、わたしたちはわたしの子供を煮て食べました。しかしその翌日、わたしがこの女に、『あなたの子供をください。その子を食べましょう』と言いますと、この女は自分の子供を隠してしまったのです。」
 さてこのような状況におかれていたお城の中の人々にとってはアラム軍の包囲が解かれ、その苦しみから解放されるのが一番の願いだったでしょう。物価の回復に関する預言は都城内の状況が戦争以前の状況に戻ることを意味します。しかも、たった1日の後にそのようになるという話です。そして預言の通りになります。
 これらの一連の過程が7章に書かれているのですが、この物語の中で注目したいところは4人の重い皮膚病を患っている人々の話です。これまでの聖書ではらい病の人と訳されていた人々です。彼らが登場するのは3節以下です。
城門の入り口に重い皮膚病を患う者が四人いて、互いに言い合った。「どうしてわたしたちは死ぬまでここに座っていられようか。町に入ろうと言ってみたところで、町は飢饉に見舞われていて、わたしたちはそこで死ぬだけだし、ここに座っていても死ぬだけだ。そうならアラムの陣営に投降しよう。もし彼らが生かしてくれるなら、わたしたちは生き延びることができる。もしわたしたちを殺すなら、死ぬまでのことだ。」
 先ず、この4人が置かれている場所は城門の入り口と書かれていますが、これは城門の外を意味します。彼らはこの戦争の危ない時にも安全な都城内には入れませんでした。社会から見捨てられ疎外されていた人でありました。彼らにとっても願いはあります。ここで見えているように自分たちの身を護り、生き延びることです。そのため敵の陣営に投降することも考えているのです。彼らは諦めているようで諦めていません。何をしても死を待つだけのことですが、座っているより敵の陣営へ投降する方を選び、行動を起こすのです。しかし、都城内の状況は彼らの態度とは真逆です。即ち全てを諦めているように見えます。この対照的な両者の生き方は、アドベントを迎えている私たちにもいろいろと考えさせられるものがあります。
 そして、この4人の行動は意外な方向へと進み、想定外の場面と出会います。真夜中にアラム軍が神の働きによって全てを放棄し、着の身着のまま全軍逃げてしまったのです。敵に命を預け、助けてもらおうと来た4人はこの光景の最初の目撃者となるのです。驚きと安堵とともに、自らの飢えを満たし、自分たちのためにも金・銀・衣類などを拾い集めます。しかし、彼らの行動はここで終わりではありません。9節以下です。
彼らは互いに言い合った。「わたしたちはこのようなことをしていてはならない。この日は良い知らせの日だ。わたしたちが黙って朝日が昇るまで待っているなら、罰を受けるだろう。さあ行って、王家の人々に知らせよう。」彼らは行って町の門衛を呼び、こう伝えた。
 彼らはこの目撃を黙っていられなかったのです。これまで自分たちを見捨てていた都城内の人々にこの状況を知らせようとするのです。4人は互いに言い合いました。議論ではなく自らのことを反省しながら話し合うのです。その中で目撃の内容は良い知らせへと変わり都城内の全ての人々に知らされ、これまでに自分たちを虐め、見捨てていた人々の命を助けることになるのです。
 最後に、アラム軍の攻撃にも耐えるほど堅固なサマリアの砦も、この重い皮膚病を患う4人の良い知らせにお城の門が開けられたことです。それまでの城壁は敵軍の侵入を防ぐ役割も果たしますが、城内の人々も、上で述べた六章の飢えに苦しむ母親らのように自らを全ての希望からも遮断してしまうのです。砦にあるべき見張り台の役割も果たされておらず、良い知らせを聞いた後も疑いの姿勢を崩さないほど人の内面の城壁まで築いてしまった様子です。太平洋戦争が終わった時にも日本兵は戦線となった島や僻地に残され、孤立無援な状況におかれ、捕虜となることも拒み、餓死や自死を選ぶ人が多くありました。
 アドベントの時期を迎え、私たちは自らの内面に希望を遮断する壁を築いていないのか、行動も起こさないであのサマリア都城内の人のように死を待つばかりではないのかと、自己点検が必要だと思います。
 聖書の教えはお城の外におかれたもの、世が見捨てた最も小さき存在を用いて、良い知らせの最初の目撃者とし、その証人としました。この時期の主人公イエス・キリストもお城の外で生まれ、ガリラヤという貧しい町で暮らし、一度城門の中に入りましたが、直ぐ追い出され、門の外で殺されてしまった方です。
 このような教えから私たちも今の時における良い知らせの目撃者や証人となることを祈りたいです。7章の最後には預言の結果を確認していますが、4人の行動についての評価は何も書き記されていません。(2016年11月27日証詞より)
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