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      パンをさくこと(使徒言行録20:7-12)

  本日はキリスト教の暦で聖霊降臨日です。このことは昨日から始まった百人町教会の集会との関連でも意味深いところがあります。今回の集会の内容は百人町教会の創立50年を迎えるにあたって、今後の教会の在り方を確認するためのアンケートの設問を作る作業です。これらのこともあり、今日の聖書の内容との関連もあって、証詞の前に皆さんと特別なことを行ないたいと思います。百人町教会では滅多にやらない、私自身も初めて行うことで、「パンさき」を行いたいと思います。ただこれは聖餐式や愛餐会というような格式ばったことではなく、新しい試みの一つとして覚えてくださればと思っています。
 今日選びました使徒言行録の内容は1世紀後半の原始キリスト教共同体の話です。7節「週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると」と、11節「そして、また上に行って、パンを裂いて食べ」というところから今日の題を「パンをさくこと」にしました。このパンをさくことについて使徒言行録ではペンテコステとの関連箇所である2章42節以下にも出ています。ということもありまして今日はパンをさくことを通して原始キリスト教共同体のことを覚えたいと思います。
 先ず、本文は「週の初めの日」という言葉で始まっています。この表現は安息日が過ぎて初めの日のことでとても古い表現です。これを見ますと「主日」という言葉がまだなかったことが分かります。そして、これに続いて「わたしたちがパンを裂くために集まっている」という言葉がありますが、これは「集会」のことを言います。すなわち、「食事(パン)を兼ねての集会」という意味です。これもやはり古い表現で、この時点で「礼拝」という概念がまだなかったことを示しています。
 そして、この集会を行っていた時間帯ですが、この時代の原始キリスト教共同体はユダヤ教の影響もあり、1日の始まりは日の入りからであって、8節に「わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。」と書いてあることから夜の時間帯であることが分かります。そして、もう一つはユダヤ教の安息日の翌日であることと共に、ローマ帝国が週の初めの日を休日にしたというのは考えられませんので、やはり仕事がない夜に仲間同士で集まっていたと考えられます。従いまして七節の言葉からは、教会という形にまだなっていない原始キリスト教共同体の集会を垣間見ることができます。
 もう一つの確認したいことは集会の場所です。9節の後半に「3階」という表現がありますが、これをみる限り随分と大きな空間であったようですが、この時代にはまだ礼拝堂という建物がありませんでした。その代わりに、大体の場合は家を持ち空間的余裕がある仲間の家が集会の場所として提供されていました。もし大勢の人が集まる場合はそれに合わせての集会室を借りたようです。この日は7節の後半に「パウロは翌日出発する予定で」という言葉で分かるように、パウロを派遣する送別の会でもありましたのでどこかの集会室を借りたのではないかと思います。
 また、この日の集会は大変長かったようですね。夜通しの集会で、途中眠気に負けた青年が3階から落ちる事故も起きます。このように集会が長かったのは、当時はキリスト教の生成期でまだまとまった教理や聖書もなく、その上異教徒やユダヤ教との護教的な論争が重要な役割を担っていて、そのための教えだけでなく、質問や議論などが長い時間行われたと考えられます。ここまでの内容からどこかの教会と非常に似ているような気がします。

 それでは今日の本題に入りたいと思います。 ここに「わたしたちがパンを裂くために集まっていた」という言葉が出ています。使徒言行録に出てくる「パンを裂く」という表現は聖餐式を言っているのではありません。これは使徒言行録と同じ著者であるルカによる福音書ではハッキリと区別しています。そして、この時代はまだ聖礼典が教理的にまとまる前の段階です。ですから、パンをさくために集まっているというのは食事会を兼ねての集会という意味です。
 聖書のパンをさくという言葉には先ず命を守るという重大な意味がありますが、他にもいくつかの大切な意味があります。一つは全てのパンは神からの賜物であるということです。このことは出エジプト記16章の「マナ」のところに「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる。民は出て行って、毎日必要な分だけ集める。」(4節)という言葉があり、必要以上のものを取る場合、残りは翌日腐ってしまうということです。このことにはパンを公平に扱うべきであるという意味が含まれています。言い方を変えますと富める者と貧しい者同士で分かちあえることを前提とします。そのため原始キリスト教共同体の集会では毎回パンをさくことをしたのです。福音書の4千人、5千人が食事を一緒にしたというのも同じ意味合いです。このように分かちあえることは奇跡といえば奇跡です。しかし、当時一部の原始キリスト教共同体ではこの意味をないがしろにすることが起きていました。コリントの信徒への手紙一の11章21節にパウロは「食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです。」と嘆いています。豊かな人々が自ら持ってきた物を先に食べてしまい、貧しい者が飢えを経験することが起きていました。
 もう一つの重要な意味は互いの違いや対立を乗り越えることです。使徒言行録の場合は豊かな人と貧しい人が同じテーブルに着くこと、例えばパンをさく集会では貴族と奴隷が同じテーブルに座ることです。そして、ユダヤ人と異邦人が同じテーブルに座ることです。福音書ではイエスがいろいろな人と食事を共にしていました。特に癩病を患っていたシモンの家を訪ね、罪人と言われている徴税人などと一緒に食事をしていました。それによって正統派の人と論争が絶えませんでした。従いまして、パンをさくことを通して全ての隔たりを壊し、対立が消え、友情や信頼が形成されることを求めます。
 もう一つ、パンをさく時にも最後の晩餐のようにイエスを記念することができます。ただルカによる福音書22章19節に「記念」という言葉が出ていますが、英語の聖書(NRSV)では「メモリアル」(記念)ではなく「リメンバーランス」(覚える)の意味で訳されています。メモリアルは死者を年に一度記念するという意味です。イスラエルの民が出エジプトをした日を記念して過越の食事をすることも年に一度行われます。しかし、リメンバーランスという場合は年に一度記念することとは異なります。この場合に問題は何を記憶するべきか、ということです。それはイエスが生前に行なわれた全てのことを思い起こすことだと思います。そのためこのパンをさく時に私たちは福音書のイエスの行為のどこを選んでも良いと思います。例えば病人の癒し、主の祈りの教え、マルタとマリアの家の訪問、数千人との共食、苦難と死、福音書を開いて選んだ箇所のどこを読んでも、記念より記憶することになりますので、パンをさく時には年に一度に限るものではありません。
 さて、最後になりますが昨年の五月から始まった「飯室集会」が2ヶ月に一度集まるのがほぼ定着して来ました。そして、その名称を先日「パンをさく会」に変えることを集会の参加者や世話人会の皆さんの同意を得て決めました。と言いますのは、最初は赤尾氏宅で赤尾泰子さんが作ってくださる美味しいものを一緒に食べることと、その準備の段階で料理を学ぶことが目的でありました。自分自身、美味しいものを共に食べる喜びがあってのことで、今も熱心に出席しています。その上、集会を始めるにあたって食事会だけでなく何か話し合うことは・・・となったわけです。それで初回は赤尾さんが日頃聖書を読む中で疑問に思ったことを提案し皆で話し合いました。何の形式もなく食事会の後に話し合いを続けてきました。
 また、毎回の食事会は赤尾さんが焼いてくださったパンをさいて食べることから始まります。そこから「パンをさく会」という新名称のヒントを得ました。そして、その聖書的根拠をこの軽井沢集会でお話ししました。今後のパンをさく会では食事会の導入部で担当者がパンをさくことから始めるということも提案しました。これまでの百人町教会の礼拝と集会はそれぞれ特徴を持ち、生かされてきました。この度の「パンをさく会」を通しても百人町教会の集会がさらに豊かになると思います。
(2019年6月9日証詞より


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