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      続けられる時まで(使徒言行録28:23-31)

 使徒言行録は新約聖書においてほぼ唯一の歴史書です。執筆者については不明のようですが、ルカによる福音書と同一人物であることから以下ではルカにしておきます。この書の主な内容はパウロの死までの約30年間の原始キリスト教の宣教と教会形成に関する動きを時間順に物語の形式で記しています。前半部はエルサレム教団の形成や動きが記され、9章からはパウロが使徒として選ばれ、宣教の旅を通して、福音がユダヤ人から異邦人へ伝えられ、各地に原始キリスト教の共同体が作られることが最後の28章まで続きます。
 選びました28章の本文は使徒言行録の終わりのところでパウロのローマ滞在中の様子の一部が書かれています。そして、この箇所は使徒言行録の「謎」と思われるところです。ルカがこの書を執筆した時にパウロは既にこの世の人ではありませんでした。彼は十字架にさかさまの形でつけられる死を選んだといわれていますが、「謎」とはこの書を時間順の記録として見た場合にこの終わりのところはパウロの殉教をもって閉じても良かったと思うのに、何故そうしなかったのかということです。ルカがこの書の7章にキリスト教の最初の殉教者ステファノについては詳しく書いていることとは対照的です。この謎について考えられる理由の一つは、ローマによって迫害されている最中に、ローマによって刑が執行されたということを公にするのは状況を更に悪化させる憂慮からではないかということです。しかし、このような考えにはある事態を避けて通ろうとする消極的な意味合いしかありませんので「謎」が解けたとは思いません。それでは使徒言行録のこのような終わり方を通してルカは私たちに何を伝えようとしているのでしょうか。
 使徒言行録は福音書以降の原始キリスト教団の動きについて総合的な形で教えてくれる文書です。特に福音の宣教がユダヤ人から異邦人へ、パレスチナから世界へと開かれることに焦点を合わせています。このことを一言で表しますとルカは使徒言行録を「福音書の続き」として書きまとめたということです。このように理解しますと、この謎の答えにもう一歩近づけた気がします。「福音書の続き」という表現には福音書が完結版ではないことを意味します。福音書の最後はイエスの死ではなくイエスの復活とその後の弟子たちへの顕現で終わっています。イエスから弟子たちへのバトンタッチが行なわれています。福音書は未来へ開かれた閉じ方をしているのです。即ち、終わりではなく始まりであることです。ルカは福音書の終わりを使徒言行録の始めのところへ繋ぎます。
 死は完結を意味します。終わりを意味します。もし使徒言行録がパウロの死をもって終わっていましたら完結文書になってしまいます。「福音書の続き」は使徒言行録で終わりを告げることになります。しかし、ルカが本当に意図していたのかどうかは分かりませんが、完結しない終わり方を選んだのは、福音書と同じように未来へ開かれた閉じ方で、使徒言行録以降にも「福音書の続き」は続くということを示唆しているのではないかと思うのです。この終わり方の中にはルカ自身を含めてパウロ以降の人々、教会、更には現代の私たち、そして未来のキリスト者が福音書の続きを書く執筆者として招かれたことを意味します。勿論、使徒言行録以降の「福音書の続き」を書くというのは、書物としてではなく一人一人がこの世、即ち社会の中でのイエスキリストの弟子として責任ある生き方をすることと思います。これで「謎」の答えになったのでしょうか。
 神学校を卒業する頃に私には夢が一つありました。それは自分が学び、経験し、想像していた教会を開拓する夢でした。しかし当時は、もっと経験を積んでからのことだとしていました。その後、韓国での既成教会の四年間の伝道師、3年間の主任牧師、その間、会堂の建築、信徒倍増などを経験し、日本留学と宣教師合わせて百人町での29年目の現在に至りますが、この夢を忘れたことはありません。夢を実現に移すのには十分な経験をしたと思います。ただ、夢を実現するためには何時その一歩を踏み出すのかの問題だけが残っています。しかし、歳を取るのと共に迷っている自分を発見します。開拓の準備は出来ているのかと。今日の聖書を読む時まで迷っていました。今からはその迷いを捨てることにしました。とても気が楽になりました。
 聖書の話をします。パウロのローマ滞在に関する話は、使徒言行録25章の17節から始まっています。パウロがエルサレムから囚人として、ローマまで運ばれた理由などが書いてあります。パウロには使徒になった早い時期から夢がありました。それは当時の世界の中心であったローマで宣教する夢でありました。しかし、なかなかそのチャンスは訪れませんでした。その夢を実現させるために囚人としてローマへ行く方法を選びます。23節以下が今日選んだ本文ですが、28節までの内容はパウロの夢が叶えられ、ローマ居住のユダヤ人と朝から晩まで神の国についての話し合いです。しかし、その夢はユダヤ人の中では失敗に終わり、世界へ向けられます。25節から28節には、ユダヤ人への失望と別れを告げる最後の説教が記されています。
「聖霊は、預言者イザヤを通して、実に正しくあなたがたの先祖に、語られました。『この民のところへ行って言え。あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない。』だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」
 そして、30節と31節をもって使徒言行録は終わります。
パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。
 パウロの最後の2年間の大事なことがこの2節の中にまとめられています。パウロは自費で住む家を借りていたことが記されています。ユダヤ人と別れたことで会堂などに出入りすることが制限され、家を借りるようになったと思います。どんな家だったのかは分かりませんが、夢が叶うためには場所が何より大切だったと思います。そして、パウロが最後の2年間をこの借家でどう過ごしたのかを見ることがとても大事です。「訪問する者はだれかれとなく歓迎し」人が訪ねてくるのをとても喜んでいました。パウロの夢には何より人が大切です。人が訪ねてくるというのはその人の持っている香りのためです。さらに場所と人がいて中身がないと意味がありません。「神の国を」「主イエス・キリストについて」即ち、福音を伝え、教え続けたということ、これはパウロのローマでの開拓の話です。これが開拓に必要な全てのことだと思います。
 そして、その期間は2年間であったことですが、それが長いか短いかということより、限られた時間であることと、彼が「続けられる時まで」夢を実現しながら生きたということです。
 私の夢も実現の時が今後必ず与えられると信じています。いいえ。もう既にやっているのではないかとも思います。今、ここで。百人町教会はパウロのように間借りをして集会を開いています。そして、空調もなく、光もまともに入らないみすぼらしいこの場所に喜びを持って毎週集っています。誰も、何も私たちの集会を妨げることはありません。教理的な堅い原則も私たちを縛りません。建物の管理や修理のための余計な心配はありません。ご飯やお茶の用意で私たちの話し合いを邪魔されません。戸締りやお掃除も要りません。ここで私たちはいつも初心を大切にし、形式より中身を大切にしています。パウロの最後の説教で強調したこと、互いに心を開き、耳を傾けることを行なっています。そして、何より共に聖書を読み、教え合うことで感動を分かちあっています。私たちは今日も「福音書の続き」を身体で書き続け、共に開拓をしているのです。
 百人町教会での経験と学びは私の夢の実現のための貴重な財産です。そして、夢を実現する場所は四畳半の方丈でも、何方にも開かれた空間でありましたら良いでしょう。そして、続けられる時まで続けることでしょう。準備はこれで十分と思います。でも今しばらくは大切な仲間と共にいたく、夢のままにしておきます。(2020年2月16日証詞より)

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